地球温暖化といえば熱中症に気をつける、台風が強くなる、などの印象があるかと思います。温暖化のせいで快適さが損なわれて色々と大変になったように感じる方もいるのではないでしょうか?経済的損失や人的損失に実際、温暖化がどの程度寄与しているか見てみましょう!
まずは、経済的損失にどの程度寄与したかについて調べてみました。
Callahan W. and Mankin S. (2022)の研究では、1992年から2013年の間に世界経済に16兆ドル以上、潜在的には65兆ドルもの損失をもたらしたと考えられていると指摘されています。さらに、その負担はCO2排出が少ない、貧しい国々で1人あたりGDPの6.7%にも上る一方でCO2排出の多い、豊かな国々においては温暖化の損失は1人あたりGDPの1.5%に留まることも明らかにされました。それでは国別での被害はどの程度なのでしょうか。
左の図は各国が気候変動によりどれほどの損害を生じているかが示されています。アフリカや南米、中東が真っ赤ですね。一方で、欧米や日本を含む東アジアは色が比較的薄いことが分かります。色が濃いほど、相対的な被害が大きいことを意味するので、アフリカなど貧しい国は気象変動によって豊かな国と比較して受ける被害が大きくなるのです。右図は「貧しい(GDPが低い)ほど、受ける損害が大きくなる」ことに加えて、そのような貧しい国は二酸化炭素の排出が小さいことが示されています。左図の左側の点は青い一方で右側の点は赤いですよね。これらの図から地球温暖化への貢献が小さい貧しい国ほど、気象変動によって受ける被害が大きくなるという”不平等”があるということが分かるのです。
次に人的被害について調べてみましょう。
国連機関が報告したレポートWallemacq (2019)において、2000-2017年の間の気象関連災害による死者数と人口100万人あたりの死者数(相対死者数)が国の豊かさ別に示されました。
濃い茶色の棒グラフは相対死者数を示しています。この相対死者数はやはり左側の豊かな国ほど小さく、右側の貧しい国ほど多いことが分かります。
次に、2000-2017年の間の気象関連災害による被害者数と人口100万人あたりの被害者数を国の豊かさ別に示した図はこちらです。
こちらも同様に、相対被害者数は左側の豊かな国ほど小さく、右側の貧しい国ほど多い傾向が見られますが、死者数と比較してよりこの傾向がはっきりしているかと思います。先ほど示した経済的被害に加えて、人的被害に関しても貧しい国は豊かな国よりも被害を受けやすく、気象変動に対してより脆弱と言えるのです。
このように温暖化による経済的そして、人的被害は貧しい国々に重くのしかかっているのです。このような被害は今や無視をすることができない程度まで悪化し、国や国際機関が積極的にその解決に向けて努力をしています。日本も京都議定書で初めて具体的な削減目標を掲げて以来、目標を随時、上方修正し続けました。今では2020年の菅総理による所信演説で掲げられた2030年までに2013年比で46%削減、2050年カーボンニュートラル達成という野心的な目標を掲げています。政府は目標を達成すべく、民間企業にも積極的な働きかけを行っています。その1つに東証プライム市場上場企業に対する気候変動にまつわるリスク・収益機会が自社操業に与える影響に関する財務情報の公開を実質的に義務にしたTCFDの施行があげられます。なにやら堅いことの様に感じるかもしれませんが、ざっくりと話すと、地球温暖化が進んだ場合に自社が受ける影響をまとめた上で、自社の排出する温室効果ガスの量を計測し、これを減らす方法について考えなさいというものです。TCFDでは企業の諸活動を3つのScopeと呼ばれるものに分類してそれぞれの領域における温室効果ガス(GHGガス)の排出を明らかにすることが求められています。そして排出の実態を明らかにするだけでなく、様々な地球温暖化シナリオにおける短期・中期・長期にわたる気候関連リスクとそれに基づく財務的影響の検証、そして戦略の情報公開が必要となっているのです。
TCFDは地球温暖化に注目した枠組みですが、企業の経営戦略と結びつけるリスクは気象変動の枠を超えて、自然資本一般を対象にするまで拡大しています。それがつい最近の2023年9月に最終提言を発表した自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)です。一文字違いのお名前です。TCFDは気候関連(Climate-related)なのでC、TNFDは自然関連(Nature-related)なのでNと覚えると良いですね。TNFDは自然関連と名付けられているように、気象変動の枠を超えて、生物多様性をはじめ広く自然資本への損害を多面的な尺度で測ることを求めています。このTNFDの施行は人間の生産活動は自然への依存をなくして成り立たないことが広く認知された結果であるとも言えます。
この図は世界全体の産業の自然への依存度を評価したものです。例えば、日本について見てみましょう。日本の世界経済に対する存在度は7%くらいですね、そして日本の産業の中で自然依存度が高いものは12%、そして中程度のものは35%あることが分かります。世界全体でこの図を見渡してみると中国、インド、インドネシア、アフリカなど世界でも極めて成長の著しい複数の経済圏は自然消滅に対して脆弱であることが示されました。これらの地域の経済は豊かな自然を無くしては成り立たないことが示されています。
TNFDでは面積的な利用強度の変化や生態系における利用変化、汚染物質の総排出量などを評価する指標が存在して、自然資本全体に対する影響を測った上でTCFDと同様に、短期・中期・長期にわたる自然関連リスクとそれに基づく財務的影響の検証、そして戦略の情報公開が求められています。
世界の潮流についての話からスケールダウンさせて、日本の経済活動が自然資本に与える影響について調べてみましょう。日本は海外から食料品をはじめ自然と密接した商品をたくさん輸入しています。その結果、日本は世界で最も生物多様性損失に貢献しているという不名誉な事実が判明しました(Tomoi et al., 2022)。
この表では日本は総合優勝をしているわけですが、項目ごとに見てみると土地改変面積(Land-use change)と過剰開発(Over-exploitation)における貢献度が高いことが分かります。日本では食、製造業など様々な産業が資源を国外に頼っていることが表れています。
国外の生物多様性における損失への貢献度の高さが示された一方、国内における自然資本も減少している事実もあります。九州大学の馬奈木先生が作成された下の図から自然資本の衰退は日本全体の資本の低下に繋がっていることが明らかにされました年々、人為的な資本は増加するものの、自然資本は減少の一途をたどっていることが分かるかと思います。
自然資本と経済は密接に関わっているにも関わらず、自然資本が急速に失われていること、そして日本が国内外を問わず、それに大いに関わっていることが理解できるかと思います。しかし多くの人々はこのような問いを抱えています。それは、環境保全と経済活動は両立しうるものなのかというトレードオフに対する疑問です。
答えをずばり話すと、環境の最先端を行く人々は環境と経済は同じ階層に位置しておらず、トレードオフの関係になるものではないと考えています。ストックホルムレジリエンスセンターが打ち出した”The SDGs wedding cake”では自然・環境を土台として次に社会、そしてその上に経済が積み上がっている構造が示されています。
ここにはSDGsの17の目標を配置したもので、「生物圏」と呼ばれるこのウェディングケーキの土台には「目標6:安全な水とトイレを世界中に」「目標13:気候変動に具体的な対策を」「目標14:海の豊かさを守ろう」「目標15:緑の豊かさも守ろう」の4つの目標が入っており、「環境」に関する目標です。その上に「社会圏」そしてその上に「経済圏」に関する目標が乗っています。環境が動物そして我々人間にとっても最も重要な基盤であり、それが正常に機能することで私たちは最低限の安心を得て社会を作ることができます。経済は環境と社会の安定性が担保されて初めて成立することができるのです。土台の環境が崩れては経済は成り立たない、すなわち環境と経済はトレードオフの関係であってはならないのです。そして、この考えにおいては土台がしっかりすることでより高層の社会と経済も大きくそして安定することも想像に難くありません。すなわち、これは環境を良くすればするほど経済も成長するという状態です。専門用語ではこの状態を経済と環境のトレードオフの関係を解消する”デカップリング”、そして環境を改善そして以前よりも良い状態にしていくことを“ネイチャーポジティブ”と言います。まさにデカップリングを行った上でネイチャーポジティブを達成していくためにも、あらゆる経済主体が活動がもたらす環境への影響を定量的に把握して、リスクを踏まえて上での戦略を立てそれを実践していく、このTNFDを経営に取り入れていくことが重要なのです。